忘れないうちに ― 2011年10月12日 00時34分
前の教室から20年間、角田で塾をやってきて、時々思い出す子がいます。
今まで、書こうと思ってきて忘れてきたので、今夜は忘れぬうちに記しておきます。
その頃角田高校は角田女子校と合併する前で、
1学年4クラス定員180名は毎年定員割れしていました。
入試の
ボーダーラインは誰にもわからない。ほとんど誰も落ちないから。
彼の名はA。塾に来たのは中学3年になってからでした。
とにかく勉強嫌い。模試で150点取れたことがない。それでも角田高校には合格しました。中学で卒塾かと思いきや、学校の授業についていける気がしないのでそのまま高校でも続けたいとのこと。個別指導で数学を勉強しに通ってくれました。
当時の教室は、第一期黄金時代で、ケベ先生、もんもん、土生先生(イケメンなのでニックネームなし)、泣く子も引きつる酒井Tなど、個性のある面々がそろっていました。Aの指導は彼らに任せました。基本的に勉強したくはないので毎回「聴いて下さいよ〜」で相談話・打ち明け話の時間が長かった
。成績は不振のまま。追試を繰り返し何とか2年に進級しました。喫煙が見つかって停学になったり、「自分なんてダメでいらない人間なんだ」というようなことをいいながら、
それでも教室には通い続けました。
変化は高校2年の10月を過ぎる頃からでした。スタッフと話し込むうちに工業系の勉強に興味が湧いてきて、大学に進むことも考え始めたのです。焦らなくていいから、自信を取り戻せる教科を作ろうということになって、「とにかく数学だけは」と、もがき始めました。
相変わらず打ち明け話は続いていて、
「おれ、だめナンスよぅ」・・・「こうすればいいじゃん」
「いや、違うんスよぅ」・・・「え〜? じゃ、こうすればぁ?」
「う〜ん、いや、違うんスよぅ」
煮え切らない会話が毎回続きました。
男の子に多いのですが、高校2年から3年にかけて、心の成熟に伴い表情や話しの中身、立ち振る舞いがぐっと大人っぽくなります。Aもこの時期に脱皮していたのだと思います。受験が近づくに連れて力を伸ばし、無事第一志望の工業系大学に合格しました。
合格の報告を届けにきた時は、教室にいたスタッフみんながAの肩を叩いて喜びました。
Aの成長に気付いて目を細めて見つめてきたから。
角田高校はこんなことが起こりうる学校です。
高校に入ってからの再チャレンジ
や逆転が可能なんですね。精神の成長と成熟が学力の伸張と密接にリンクするタイプの子にとって、高校入試段階での進路選別は厳しいものがある。Aは角田高校に
進学できて幸運だった。当時は模試の得点で150点から450点が混在する学校だった。
実は今も楽しみな連中がいます。